っとこの子供の顔を見つめました。清澄は安房《あわ》の国の北の端であって、洲崎《すのさき》はその西の涯《はて》になります。いくら小さい国だと言ったところで、国と国との両極端に当るのです。その間を、この少年が両手を後ろに縛られたままで、ここまで逃げて来たということが嘘でなければ、ともかくもそこに、非凡なものの存することを認めないわけにはゆかなかったのでしょう。けれども甚三郎は、そのことを尋ねないで、
「何で、そんなに縛られるようなことをしでかしたのだ」
「悪戯《いたずら》をしたものですから、それで縛られました」
「悪戯? どんな悪戯を」
「ちょっとしたことなんです、ちょっと悪戯をしたんだけれども縛られてしまいました、縛られて、門前の大きな杉の木へつながれてしまいました、それを弁信さんに解いてもらいました、ぐずぐずしていると、岩入坊にまたひどい目に遭わされるから、早くお逃げって弁信さんがそう言ったもんだから、後ろ手に結《ゆわ》かれたのを解いてもらう暇がなくって、一生懸命に、人に見つからないようにこうして逃げて来ました」
「それはよくない、ナゼ逃げ出さないで、お師匠さんに謝罪《あやま》ることを
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