しないのだ」
「駄目、駄目、あたいは、もう、あんなところは早く逃げ出したくって堪らなかったのよ、もう帰らないや」
「お前、お寺にいて坊さんになるのが嫌なのか」
「いいえ、あたいは清澄のお寺に預けられていたけれど、坊さんになるつもりじゃなかったの、お寺の方では、あたいを坊さんにするつもりであったかも知れないけれど、あたいは坊さんになる気なんぞはありゃしない」
 一通りの白状ぶりを聞いても、そんなに大した悪戯《いたずら》をする悪少年とも見えません。けれども甚三郎は、この少年を問い訊《ただ》すことに興味を失わないで、
「そして、お前、これからどこへ行くつもりなのだ」
「あたいは、これから芳浜へ帰ろうと思うんだけれども、芳浜へは帰れないや、だから舟に乗ってどこかへ行ってしまいたいと思っているのよ」
「芳浜にお前の実家《うち》があるのか」
「あたいの実家じゃない、お嬢さんの家があるんですよ」
「お嬢さん……主人の娘だな。清澄へ行く前、そこに居候《いそうろう》をしていたのか」
「あたいは、お嬢さんに可愛がられていたのよ、お嬢さんが、あんまり、あたいを可愛がるもんだから、それでみんなが、あたいをお嬢
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