げて一方に覘《ねら》いをつけると、なぜかお角はそれを押しとどめ、
「殿様、おうちになってはいけません」
「なぜ」
「でも、お稲荷様を鉄砲でおうちになっては、罰《ばち》が当ります」
「罰?」
「ええ、そんなにあらたか[#「あらたか」に傍点]なお稲荷様を鉄砲でおうちになっては、この上の祟《たた》りが思いやられます」
「ばかなことを」
 甚三郎はそれを一笑に附して、
「拙者も好んで殺生《せっしょう》はしたくはないが、畜生に悪戯《いたずら》されて捨てても置けまい」
「いいえ、どうぞ、わたしに免じて助けて上げてくださいまし、わたしはお稲荷様を信心しておりますから」
「稲荷と狐とは、本来別物だ」
「別物でも、おんなじ物でも何でもかまいませんから、そうして置いて上げてくださいまし、そのお稲荷様が嫉《そね》むなら嫉まして上げようじゃありませんか、ね、そうして置いてお話を承りましょうよ、わたしゃ化かされるなら化かされてもようござんす」
「きつい信心じゃ」
 駒井甚三郎は苦笑いして、また短銃を膝の上に置くと、そのとき縁の下で、うーんとうなる声が聞えました。
「おや、殿様、人間でございますよ、お稲荷様じゃご
前へ 次へ
全206ページ中68ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
中里 介山 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング