ありなさるのですか」
「なければ殿様でおられるのだが、あるからかように落魄れたのだ」
「それは一体、どういう罪なんでございましょう、あんまり不思議で堪りませんから、それをお聞かせ下さいませ」
「それはな……」
駒井甚三郎は、お角の疑いに何をか嗾《そそ》られて沈黙しましたが、急に打解けて、
「隠すほどのこともあるまい、実はな、恥かしながら女だ、女で失策《しくじ》ったのだ」
「エ、まあ、女で……」
お角は眼を※[#「目+爭」、第3水準1−88−85]《みは》って呆《あき》れました。その眼のうちには、幾分かの嫉妬《しっと》が交っているのを隠すことができません。御身分と言い、御器量と言い、そうしてまた、このお美しい殿様に思われた女、思われたのみならず、これほどのお方を失敗《しくじ》らせたほどの女、それは何者であろう。憎らしいほどの女である。その女の面《かお》を見てやりたい。お角は、そう思って呆れている時に、自分の背にしている裏の雨戸に、ドーンと物の突き当る音がしたので吃驚《びっくり》しました。
七
お角は吃驚しましたけれども、甚三郎は驚きません。
「何でございましょ
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