して舟を遊ばせていると、いつのまにか、この「お見舞」がもくもくと舟を打ち上げて来ます。その時はもう遅い。舟は大きなうねりに乗せられて、岸へ岸へと運ばれてしまう。帆はダラリと垂れてしまって、舵《かじ》はどう操《あやつ》っても利かない。そうしているうちに舟と人とは、砂の上へ持って来て、そっと置いて行かれてしまいます。
そのいたずら[#「いたずら」に傍点]な平沙の浦の海をながめていた駒井甚三郎は、ふいと気がついて、
「そうだそうだ、あの婦人はどうしたろう、今日はまだ見舞もしなかったが、清吉がいないとすれば、誰も看病の仕手は無いだろう、燈火《あかり》もついてはいないようだし」
と呟《つぶや》いて窓を締め、蝋燭を手に持ったままで、壁にかけてあった提灯《ちょうちん》を取り下ろしてその蝋燭を入れ、部屋を出て縁側から下駄を穿《は》いて番小屋の方へ歩いて行きました。小屋の戸を難なくあけて見ると、中は真暗で、まだ戸も締めてないから、障子だけが薄ら明るく見えます。
「清吉は居らんな」
甚三郎は駄目を押しながら、その提灯を持って座敷へ上ると、そこは六畳の一間です。その六畳一間の燈火もない真暗な片隅に、一人
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