」に傍点]者だ」と、おととい駒井甚三郎がそう言いました。
 平沙の浦も、その皮肉なことにおいては相譲らないが、それは洲崎の海ほどに荒いことはなく、かえって一種の茶気を帯びていることが、愛嬌といえば愛嬌です。
 平沙の浦がするいたずら[#「いたずら」に傍点]のうちの第一は、舟を岸へ持って来ることです。ほかの海では、船を捲き込んだり、誘《おび》き寄せたり、突き放したり、押し出したりして興がるのに、この平沙の海は、ずんずんと舟を岸へ持って来てしまいます。岸へ持って来て、いわに打ちつけるような手荒い振舞をせずに、砂の上へ、そっと置いて行ってしまいます。
 このおてやわらかないたずら[#「いたずら」に傍点]は、幸いに船と人命をいためることはありませんが、船と人をてこず[#「てこず」に傍点]らせることにおいては、いっそ一思いに打ち壊してしまうものより、遥かに以上であります。
 平沙の浦の海へ入って見ると、下には恐ろしい暗礁が幾つもあって、海面は晴天の日にも、大きなうねりがのた[#「のた」に傍点]打ち廻っている。漁師たちはそのうねりを「お見舞」と称《とな》えて、怖れています。いい天気だと思って、安心
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