す。試みに風|凪《な》ぎたる日、巌《いわ》の上に佇《たたず》んで遠く外洋《そとうみ》の方をながむる人は、物凄き一条の潮《うしお》が渦巻き流れて、伊豆の方へ向って走るのを見ることができましょう。その潮は伊豆まで行って消えるものだそうだが、果してどこまで行って消えるのやら、漁師はその一条の波を「潮《しお》の路」といって怖れます。
 外の洋《うみ》で非業《ひごう》の最期《さいご》を遂げた幾多の亡霊が、この世の人に会いたさに、遥々《はるばる》の波路をたどってここまで来ると、右の「潮の路」が行手を遮って、ここより内へは一寸も入れないのだそうです。さりとてまた元の大洋へ帰すこともしないのだそうです。その意地悪い抑留を蒙った亡霊どもは、この洲崎のほとりに集まって、昼は消えつつ、夜は燃え出して、港へ帰る船でも見つけようものならば、恨めしい声を出してそれを呼び留めるから、海に慣れた船頭漁師も怖毛《おぞけ》をふるって、一斉に艪《ろ》を急がせて逃げて帰るということです。
 こんな性質《たち》の悪い洲崎下の外洋を見渡して、やや左へ廻ると、それが平沙《ひらさ》の浦になります。
「平沙の浦はいたずら[#「いたずら
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