台ぐるみ手に取り上げた駒井甚三郎は、さっと窓の戸を押し開きました。窓の戸を開くと眼の下は海です。この洲崎の鼻から見ると、二つの海を見ることができます。そうして時とすると、その二つの海が千変万化するのを見ることもできます。二つの海というのは、内の海と外の洋《うみ》とであります。内の海とは、今でいう東京湾のことで、それは、この洲崎と、相対する相州の三浦三崎とが外門を固めて、浪を穏かにして船を安くするのそれであります。外の洋《うみ》というのは、亜米利加《アメリカ》までつづく太平洋のことであります。ここの遠見の番所は、この二つの海を二頭立ての馬のように御《ぎょ》してながめることのできる、絶好地点をえらんで立てられたものと見えます。
甚三郎が蝋燭を片手に眺めているのは、その外の方の海でありました。内の海は穏かであるが、外の海は荒い。ことに、外房にかかる洲崎あたりの浪は、単に荒いのみならず、また頗《すこぶ》る皮肉であります。船を捲き込んで沈めようとしないで、弄《もてあそ》ぼうとする癖があります。来《きた》ろうとするものを誘《おび》き込んで、それを活かさず殺さず、宙に迷わせて楽しむという癖もありま
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