というよりは、そっ[#「そっ」に傍点]と波が持って来て、ここへ置いて行ったという方がよろしいと思われるくらいであります。
もし、昨夜の暴風雨が、この沖を通う船を砕いて、その乗合の一人であったこの女だけをここへ持って来たものとすれば、それは特別念入りの波でなければなりません。そうでなければ海とは全然違ったところから、何者かがこの女を荷《にな》って来て、寝かして行ったものと思わなければならないほど、安らかに置かれてあるのであります。さりとて一見しただけでも、これはこの辺にザラに置かれてあるような女ではありませんでした。
「女ですね、江戸あたりから来た女のようですね、ここいらに住んでいる女じゃありませんね」
鈍重な清吉もまた、それと気がつきました。
「うむ、昨晩、沖を通った船の客に相違ないが、しかし……それにしては無事であり過ぎる」
駒井甚三郎は、ずかずかと立寄って、横たわっている女の身体をじっとながめました。髪の毛はもうすっかり乱れていましたが、右手はずっと投げ出して、それを手枕のようにして、左の手は大きく開いているから、真白な胸から乳が、ほとんど露《あら》わです。けれども、帯だけは
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