て砲台下を南へ下りて、海岸づたいに走り出しました。
「平沙《ひらさ》の浦は平常《ふだん》でも浪の荒いところですから、あんな暴風雨《あらし》の晩に、一つ間違うと大変なことになりますね」
「左様、平沙の浦には暗礁《あんしょう》が多いから、晴天の日でも、ああして波のうねりがある、漁師たちも恐れて近寄らないところだが、もし、あれが人間であるとすれば、洲崎沖あたりで船が沈み、それが岸へ吹寄せられたものであろう、おそらく土地の漁師などではあるまい」
「そうでしょうかね、もし、房州通いの船でも沈んだんじゃないでしょうか」
「或いはそうかも知れん」
遠見の番所の下から、洲崎の鼻をめぐって走ること五六町。
「ああ、やっぱり人だ」
「なるほど、人間ですね」
二人は、その見誤らなかったことを喜びもし、また悲しみもし、その浜辺に打上げられた人間のところをめがけて、飛ぶように走《は》せつけました。
磯に打上げられている人間は、女でありました。もとよりそれは息が絶えておりました。着物も乱れておりました。肌もあらわでありました。けれども、身体《からだ》そのものは極めて無事なのであります。それは波に打上げられた
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