はどこへやらという天気であります。
洲崎《すのさき》の、もと砲台の下のいわの上に立って、しきりに遠眼鏡《とおめがね》で見ている人がありました。
「清吉」
「はい」
「お前の眼でひとつこの遠眼鏡を見直してもらいたい、拙者の眼で見ては、どうも人の姿のように見える」
「お前様の眼で見て人間ならば、わたしの眼で見ても、やっぱり人間でございましょうよ」
と言って、清吉と呼ばれた若い男が、巌《いわ》の上に立っていた人から遠眼鏡を受取りました。受取って危なかしい手つきをしながら、眼のふちへ持って行って、
「なるほど、人間でございますね、人間が一人、浜の上へ波で打ち上げられているようですね」
「もし、そうだとすれば、このままには捨てて置けない」
と言って、再び清吉の手から遠眼鏡を受取った巌の人は、駒井甚三郎でありました。前に甲府城の勤番支配であった駒井能登守、後にバッテーラで石川島から乗り出した駒井甚三郎であります。
あの時に、吉田寅次郎の二の舞だといって、横浜沖の外国船へ向けてバッテーラを漕ぎ出させて行ったはずの駒井甚三郎が、こうして房州の西端、洲崎の浜に立っていることは意外であります。
それ
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