うすれば必ず助かるものだと思い込ませたその魔力がさせる業《わざ》でありましょう。
けれども、つづいて先を争うて甲板の上へハミ出した、二人のほかの乗合は無残なものでありました。出ると直ぐに大風に吹き飛ばされて、或る者は切り残された帆縄につかまって助けを呼び、或る者は船の垣根の板に必死にとりすがって海へさらわれることをさけ、辛《かろ》うじて帆柱の方へ這《は》って行く者も、雨風に息を塞がれて、助けを呼ぶの声さえ立てることができません。
真先に、かの切り残された帆柱の切株にすがりついたお角は、
「さあ、こうしていれば、わたしゃこの船の船玉様さ、指でもさしてごらん、罰《ばち》が当るよ。乗合がみんな死んで、わたし一人が助かるんだろう。いやなこった、いやなこった、人身御供なんぞは御免だよ」
こう言って凄《すさま》じき啖呵《たんか》を切ったけれども、憐《あわれ》むべし、このとき吹き捲《まく》った大波は、お角のせっかくの啖呵を半ばにして、船もろともに呑んでしまいました。
五
その翌日の朝は、風の名残《なご》りはまだありましたけれど、雨もやみ、空も晴れて、昨夜の気色《けしき》
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