方と、わたしたちとはお人柄が違わあ、第一、この中に日本武尊様ほどのお方がいらっしゃるならお目にかかろうじゃないか、みんな自分たちの命が助かりたいから、それで、わたし一人を人身御供に上げようと言うんだろう、虫のいい話さ、ばかにしてやがら。雑魚《ざこ》の餌食になろうとも、我利我利亡者《がりがりもうじゃ》の手前たちの身代りになって沈めにかかるような、そんなお安いお角さんじゃないよ。死なばもろともさ、乗合が一人残らず一緒に行くんでなけりゃ、冥途《めいど》の道が淋しくってたまらないよ」
「おかみさん、もうこうなりゃ、ジタバタしたって仕方がねえ」
 船頭は猿臂《えんぴ》を伸べて、お角の二の腕をムズと掴《つか》みます。
「おや、わたしを掴まえてどうしようというの」
 お角は、船頭に掴まった二の腕を烈しく振りほどいて、血相を変えると、
「野郎、おかみさんをどうしようと言うんだ」
 附添の若い男が、お角を掩護《えんご》するつもりで、船頭に武者ぶりついたけれど、腰が定まらないのに船頭の一突きで、無残に突き飛ばされて起き上ることができません。
 船頭に掴まった二の腕を烈しく振りほどいたお角は、そのまま荷物と
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