ことに、こうしてちゃんと了見《りょうけん》をきめてるんですよ」
「わたしゃあまた、ここに持っているこの金ののべの煙管《きせる》が、親ゆずりで肌身はなさずの品でござんすが、これをわだつみの神様に奉納するつもりで、こうして出して置きますよ」
「わしゃまた……」
「まあ待って下さい、皆さん、そんな物を纏《まと》めて投げ込んでみたって、この荒れは静まらねえよ」
「それじゃ、どうすればいいんだ」
「この船でいちばん大切なものを、たった一つ投げ込めばそれでいいでさあ」
「エエ! この船でいちばん大切な、たった一つの物というのは、そりゃ何だ」
「それがなあ……お気の毒だがなあ……」
と言って船頭は強盗《がんどう》をかざして、凄い眼をしてお角の面《かお》をじっと睨《にら》みながら、
「人身御供《ひとみごくう》ということですよ」
「エ、人身御供?」
「昔、日本武尊様が、この海で難儀をなすった時の話だ、橘姫様《たちばなひめさま》という女の方が、お身代りに立って海へ飛び込んだことは先刻御承知でござんしょう、それがために尊様《みことさま》をはじめ、乗合の家来たちまで、みんな命が助かったのだ、つまり橘姫様のお命
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