一つで、船の中の者が残らず救われたんだ、だから……」
 船頭がお角の面《おもて》を見つめたままでこう言いかけた時に、お角は颶風《つむじかぜ》のように身を起して、
「だから、どうしようと言うの、だから、わたしをどうかしようと言うの」
 お角の船頭を睨《にら》んだ眼もまたものすごいものでありました。それでも船頭はやっぱりお角を睨み返しながら、
「いや、お前さんをどうしようというわけじゃあございません、お前さんの量見に聞いてみてえんでございます」
「エ、わたしの量見ですって? わたしの量見を聞いてどうするの」
「この船の中で、女のお客はお前さんだけなんですね、今まで女一人のお客というのはなかったこの船に、今日に限ってお前さんが乗り込むとこの通りの暴風《しけ》だ」
「それがどうしたの、それじゃあ、わたしが一人でこの暴風を起しでもしたように聞えるじゃないか」
「お前さんが暴風を起したんじゃないけれど、お前さんがいるために暴風が起ったようなものだ」
「何ですと、わたしが暴風を起したんじゃないけれど、わたしがいるために暴風が起ったようなものですって? 同じことじゃないか、それじゃあ、やっぱり、わたし
前へ 次へ
全206ページ中31ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
中里 介山 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング