だ脈はあるんだからお静かになせえまし、気を鎮《しず》めておいでなさいよ……ここでひとつ、一世一代の御相談が始まるんだ。というのはね、今いう通り、どうもこりゃあ人間業じゃあござんせんよ、たしかに海の神様に見込まれたものがあるんだ、それで、海の神様が、いたずらをなさるんだから、海の神様をお鎮め申さなけりゃ、この難を逃《のが》れっこなし。海の神様というのは、竜神様のことよ。こりゃあ今に始まったことじゃねえのさ、大昔の日本武尊様でさえ、この神様につかまっちゃあ、ずいぶん悩まされたもんだ。だから、その海の神様に何か差上げなけりゃア、この御難は逃れっこなし。どうです皆さん、気を揃えて、ひとつその相談に乗っておくんなさいまし」
暴風雨《あらし》に打たれたままの赤裸《あかはだか》で、腰帯に一挺の斧を挿んで、仁王の立ちすくんだような船頭が、思いきった顔色をしてこう言って相談をかけると、
「いいとも、いいとも、今もそのことで噂《うわさ》をしていたところだ、難船の時には、自分の身についているいちばん大事なものを海へ投げ込むと、竜神様のお腹立ちがなおるということだから、わたしゃあもう、この胴巻ぐるみ投げ込む
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