と、真黒くなって呻《うめ》いていた二十余人の乗合は、一度に面《かお》を上げて、
「おい、船頭さん、いったいどうなるんだね、ここはどこいらで、船はどっちへ走ってるんだね、大丈夫かね、間違いはないだろうね」
「皆さん、お気の毒だがね……」
「エ!」
「今日の暴風《しけ》は只事じゃあございませんぜ、永年海で苦労した俺共《わっしども》にも見当がつかなかったくれえだから、こりゃ海の神様の祟《たた》りに違えねえ」
「エ!」
「もう船の上で、やるだけの事はやっちまいましたよ、積荷もすっかり海へ投げ込んでしまった、わっしどもも髷《まげ》を切ってしまった、帆柱も叩き切っちまった、そうして船はもう洲崎沖《すのさきおき》を乗り落してしまった」
「何だって? 洲崎沖を乗り落したんだって? それじゃあ、もう外へ出たんだな」
「うむ、もうちっとで外へ出ようとして、巴を捲いているんだ」
「南無阿弥陀仏」
中から一人、跳り上って念仏を唱えるものがありました。それを音頭として、つづいて題目を声高らかに唱え出すものがあります。四辺《あたり》かまわず喚《わっ》と声を上げて泣き立てる者もありました。
「まあまあ、皆さん、ま
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