》らして、何事をか差図をします。やがて、これらの船人はまた右往左往に船の上を走りました。或る者は筵《むしろ》をさらって左手の垣へ当てて結え、或る者は筵をかかえて船縁へ縋《すが》りつく。
 この間に、帆柱からやや離れて上手《かみて》へ廻った背の高いのが、諸手《もろて》に斧を振り上げて、帆柱の眼通り一尺下のあたりへ、かっしと打ち込む。
 風下にそれを受けた、背の低いのが、それより五寸ほどの下をめがけて、かっしと打ち込む。両々この暴風雨《あらし》の中で斧を鳴らして、かっしかっしと帆柱へ打ち込みます。暴風雨はいつか二人の腰を吹き倒して、二人は幾度か転げ、転げてはまた起き直り、かっしかっしと打ち込んではまた転びます。
 やがて背の高いのが、斧を投げ捨てたと見ると、腰に差していた脇差を抜いて、はっしはっしと帆綱に向って打ち下ろすと、斧で打ち込んでおいた帆柱の切れ目が、メリメリと音を立てて柱は風下へ、さきに苫《とま》や筵《むしろ》を巻きつけておいた船縁《ふなべり》へ向って、やや斜めに※[#「てへん+堂」、第4水準2−13−41]《どう》と落ちかかりました。
 こうして船の底へ下りて来た船頭の姿を見る
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