から。初めは、どうも本気になれなかったんだが、昨夜という昨夜は驚かされちまった」
「誰がそんなことを言った」
「誰が――呆《あき》れ返っちまうな、あんまり白々しいんで呆れ返っちまうよ、現在、おいらが実地を見届けてるんだ、お前はいったいどういう了見《りょうけん》で、あんなことをやったんだ、さあ、返事を聞かせてくれ、返答によっちゃあ、こっちにも了見があるぜ」
「友造、お前の了見というのは、そりゃどういう了見なのだ」
「どういう了見だってお前、無暗に人殺しをする奴は、そのままには置けねえじゃねえか」
「そのままに置けなければどうするのだ」
「ちぇッ」
 米友は舌打ちをして、足を二つ三つ踏み鳴らしてから、
「俺《おい》らも槍が出来るんだぜ、槍が」
 この時も、その持っていた手槍で、焦《じ》れったそうに畳を突き立てました。
「友造、友造どん」
「何だ」
「お前は先年、甲府にいたことがあるだろうな」
「何を言ってるんだ、甲州へ行っていたことはあるよ」
「その時な」
「うん」
「ある晩のことだ」
「なるほど」
「正月のことだったろうな、寒い晩だ、それに怖ろしく霧の深かった晩なのだ、その晩に甲府の城下
前へ 次へ
全206ページ中201ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
中里 介山 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング