土手で別れたムク犬であります。
「ムク、昨夜《ゆうべ》、手前《てめい》なんだっておいらを置いてけぼりにして、どこかへ行っちまったんだ、先廻りをしてこんなところへ来ているとは人が悪《わり》いな、人じゃなかった、犬が悪いんだ――だが、お前は良い犬だ」
 米友はムク犬の頭を撫でてやりました。ムク犬は米友に従って薬師堂の裏手へ廻ると、そこで米友がピタリと足を留め、
「なるほど、この百日紅《さるすべり》の木がいい足場になるんだ、この枝を伝わってああ行くと、塀を躍《おど》り越すなんぞは盲目《めくら》にもできらあな。よし、今日はひとつ、あの枝をぶち落しといてやれ、どうなるか」
 板塀の上から枝を出した百日紅の樹を、しきりに睨《にら》んでいました。
「だが、やっぱり、わからねえことは、わからねえ」
 米友は、百日紅の枝を仰ぎながら、ここまで来ても、やっぱり思案に暮れて、いよいよその面《おもて》を曇らしています。
 実際、このごろ中は、米友の頭では解釈しきれないことが起っているに相違ないのです。それで米友はこのごろ中、毎晩のように、夜中になると刎《は》ね起きて、例の手槍を肩にして外へ飛び出します。飛び出
前へ 次へ
全206ページ中195ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
中里 介山 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング