うよ、早く本所へ帰ってしまいましょうよ」
この時に行手の方で、騒々《そうぞう》しい人の足音と、声とが起りました。
「今、人殺しと言ったなあ、たしかにここいらだぜ、おいらの僻耳《ひがみみ》じゃねえんだ」
こう言って駈けて来る人は一人だが、その後ろに附添って、真黒い大きな犬が一頭。
「ムク、ここいらだぜ」
その声こそは紛《まご》うべくもなき、宇治山田の米友の声であります。
「人殺しと言ったのは、ここいらなんだ、だからおかしいと思ったんだ」
彼は今、どこにいるのか知らん。先日も両国橋の上へ姿を現わしたところを以て見れば、やはりあの界隈《かいわい》にいるものと見なければなりません。弥勒寺橋《みろくじばし》の長屋にいるものとすれば、まだ机竜之助の世話をしているのでしょう。竜之助の世話をしているといえば、あの男の挙動が、ことにあの身体で夜な夜なの出歩きが、米友の単純な頭を以てどうしても了解ができないで、眼を※[#「目+爭」、第3水準1−88−85]《みは》っていることも、米友としては無理のないことです。
「ああ、いた、いた」
米友は闇の中に躍《おど》り上って、地団駄《じだんだ》を踏み立て
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