なかったもののようです。
「その清澄のお寺とやらまでは、あれからまだよほどの道のりがあるんでございましょうか」
「そうですよ、遠いといったところが同じ房州のうちですから、道程《みちのり》にしては知れたものですが、なにしろ、内と外になっておりますからな、道はちっとばかりおっくう[#「おっくう」に傍点]なんでございますな、上総分で天神山というのへおいでなさると、あれから亀山領の方へかけて間道がありますんで、その間道をおいでになるのがよろしかろうと思いますよ。あの道は、昔、日蓮様なども清澄から鎌倉へおいでなさる時は、しょっちゅうお通りになった道だそうですから、それをお通りなさるのが芳浜からは順でございましょうよ。左様、里数にしたら六里もありましょうかな」
 こんな話をしている時に、船が大きな音を立てて著しく揺れました。それは東南から煽《あお》った風が波を捲いて、竜巻《たつまき》のように走って来て、この船の横腹にどう[#「どう」に傍点]と当って砕けたからです。
「エ、冷てえ」
 薄暗い中に坐っていたものの幾人かが、ブルッと身慄《みぶる》いをして、自分たちの肩を撫でおろしました。

      
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