太郎は、ありゃどうしましたろうね」
 酒樽の蔭から、若いのがこう言いました。
「芳浜の茂太郎は、今あすこにはおりませんよ、あんまり悪戯《いたずら》が過ぎたもんだから、なんでも清澄のお寺へ預けられてしまったということでござんすよ」
と答えるものがありました。
 日本寺の千二百羅漢に次いで、芳浜の茂太郎なるものが多少でも問題になることは、それが何かの意味で土地の名物でなければなりません。
「エ、芳浜の茂太郎が、清澄のお寺へ預けられたんですって?」
 それにいちばん驚かされたらしいのが、芳浜の茂太郎なるものとは、縁もゆかりもなかりそうなお角であったことは意外です。
「とうとう清澄のお寺へ預けられてしまったというこってす」
「そうですか、それは惜しいことをしましたね」
 心から力を落したようなお角の言いぶりでしたから、
「おかみさん、あなたもあの子を御存じなんでございますか」
「エエ、ちっとばかり……」
「左様ですか」
 炭問屋の主人が改めてお角の面《かお》を見直しました。上総《かずさ》房州あたりへは初めてであると言った人が、芳浜の茂太郎なるものを知っているということが、どうやら腑《ふ》に落ち
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