だけの房州話であったのが、今はお角をさしおいて、最寄《もよ》りの人たちが炭問屋の主人を中に置いての房州話となりました。
その話のうちで最も多く一座の興味を惹《ひ》いたのは、鋸山の日本寺の千二百|羅漢《らかん》の話でありました。その千二百羅漢のうちには必ず自分の思う人に似た首がある。誰にも知られないようにその首を取って来て、ひそかに供養すると願い事が叶《かな》うという迷信から、近頃はしきりにあの羅漢様の首がなくなるという話が、誰やらの口から語り出されると、一座の興を湧かせます。
羅漢様の首を盗む者のうちには、妙齢の乙女もある。血の気に燃え立つ青年もある。わが子を失うて、その悲しみに堪えやらぬ母親もある。最愛の妻を失うた夫、夫を失うた妻もある。そうして一旦盗んで来た首をひそかに供養して、更に新しい胴体をつけて、また元へ戻すと、生ける人ならばその思いが叶い、死んだものならばその魂が浮ぶ……という話が興に乗った時分には、もう日が暮れて風がようやく強く、船が著しく揺れ出したように思われるけれど、話の興に乗った一座の人々は、それをさのみ気にする様子もなく、
「それからまた、芳浜《よしはま》の茂
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