或いは巣鴨まで足を踏み入れているかも知れないと思われます。
 とあるお寺の門の前へ来て、はじめて駕籠がハタと留まりました。兵馬も足をとどめて物蔭から遠見にしていると、駕籠賃も酒料《さかて》も無事に交渉が済んで駕籠屋は引返す。駕籠を出た覆面は、お寺の門の中へは入らずに、垣に沿うて横路へ廻る。左がなにがし大名の下屋敷とも思われる大きな塀、右は松並木で、その間に、まばらに見える茅葺《かやぶき》の家が、もう一軒も起きているのはありません。茶畑があって、右へ切れる畑道の辻に庚申塚《こうしんづか》があります。そのとき兵馬は、もうよかろうと思って、後ろから、
「お待ち下さい」
「エ!」
 兵馬に呼びかけられて、覆面の武家は悸《ぎょっ》として立ちどまりました。追いついた兵馬は、
「お待ち下さい」
と言ってわざと、覆面の刀の鐺《こじり》を取りました。
「どなたでございますな」
 覆面の武家は、非常なるきょうふに打たれたようですけれども、その言葉は丁寧で、そうして物優しくありましたから、兵馬はかえって自分の挙動の、あまりになめげ[#「なめげ」に傍点]であることを恥かしく思うようになりました。そのはずです、
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