、それじゃあ、どうかこっちの方へおいでなすって下さいまし、その帆柱の下においでなさるお年寄のお方、済みませんがそこんところのお席を、このおかみさんに譲って上げておくんなさいまし」
「え、ここをどうするんだね」
「済みませんがね、船のオキテですからね、女の方が一人客の時には、その方に上座を張らして上げなくっちゃならねえんです、それというのは船は女ですからね、腹を上にして物を載せるから、女にかたどってあるんでござんさあ、だから船玉様《ふなだまさま》も女の神様でござんさあ、女のお客がよけいお乗りなすった時は、そうもいかねえが、一人っきりの時は、その女のお客様を上座へ据えて船玉様のお側《そば》にいていただくんでさあ、船に乗った時だけは野郎の幅が利《き》かねえんだから、ふしょうしておくんなせえな」
こう言われると年寄のお客、それは深川の炭問屋の主人だというのが納得《なっとく》して、
「なるほど、そういうわけでしたか。そういうわけならば、さあ、おかみさん、こちらへおいで下さい、若い衆さんもここへおいでなさいましよ」
快く席を譲ってくれました。その因由《いわれ》を聞いてみるとお角も、強《し》いて
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