込みました。
「なんだか天気がちっとばかりおかしいけれど、明日の朝の巳《み》の半《はん》ごろには木更津へ着くって言いますから、案じるがものはありますまいねえ」
 若い者が空を仰ぐと、お角も空模様を見て、
「降りはすまいけれど、なんだか、いやに蒸すようじゃないか」
 程経てこの船が海へ乗り出した時分に、帆柱が押立てられて、帆がキリキリと捲き上げられると、船は遽《にわか》に勢いを得て、さながら尾鰭《おひれ》を添えたようであります。乗合の人も、大海へ出た心持になりました。そこへ船頭が立ちはだかって、乗合の客の頭数を読み上げて、
「ちょっとお待ちなさいよ、乗合の衆はみんなでエート二十三人でござんすね、二十三人、間違いはございませんね」
 駄目を押すと乗合の客は、いずれも面《かお》を見合せて黙っています。そこで船頭はもう一ぺん乗合の頭の上を見渡して、
「それで、女のお客さんは……エート、おかみさんお一人ですね、女のお客さんは一人しか無《ね》えんでございますかね」
と言って船頭は、例のお角の面をじっと見つめています。
「ええ、わたし一人のようですよ」
 お角はわるびれずに答えました。
「そうですか
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