が二頭、峠を越えて坂本の本陣まで着いたことはわかっているが、それから以後の行動が明らかでないということです。馬だけは確かにつなぎ捨てられてあるが、馬の背にのせた若干の荷物と、それに附添った侍と馬方との行方《ゆくえ》が、わからないとのことです。
取調べてみると、たしかに加州家の荷物で、北国筋からかなり長い旅路を送られて来たことも確かです。ただ問題になるのは、そののせられて来た荷物です。或いは金箱をかなり多く、何万というほどの額《たか》を積んで来たものだろうという説もあります。また、それは金子《きんす》ではなく、火薬の類《たぐい》だろうという説もありました。ここには例の加州家の鉄砲倉もあることだから、或いはそれに要する火薬の類を運送して来たのではなかろうかという説によって、鉄砲倉や、煙硝蔵《えんしょうぐら》を調べて見たけれども、そこにはなんらの異状もありません。
その評定半ばのところへ、上方から飛脚が飛んで来て、はじめてこの事件の性質がわかりました。それは火薬ではなく金。その金額は二万両。それはこういうわけです。
これより先、水戸の家老、武田耕雲斎が大将となって、正党の士千三百人を率
前へ
次へ
全206ページ中111ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
中里 介山 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング