んなことは苦になりませんよ、毎晩こうやってお燈明《とうみょう》をつけに行く心持と、高燈籠へ火をうつして油がぼーと燃える音、それから勤めを果して、こうしてまた帰って来る心持と、それが何とも言えませんね……雨風といえば、近いうちに大暴風雨《おおあらし》があるって、あの茂太郎がそう言いました、大暴風雨のある前には、蛇が沢山《どっさり》樹の上へのぼるんだそうですがね、本当でしょうか知ら、まあ、お気をつけなさいまし」
 誰も相手が無いのに、盲法師はこう言ってから、金剛杖を取り上げてそろそろ歩き出しました。

         三

 けれども、その夜から翌日へかけては、べつだん雨風の模様は見えませんでした。三日目になって朝から曇りはじめたといえば曇りはじめた分のことで、これまた急には雨風を呼ぼうとも思えません。江戸の方面とても無論それと同じ気圧に支配されているのですから、その日の亥《い》の刻《こく》に江戸橋を立つ木更津船《きさらづぶね》は、あえて日和《ひより》を見直す必要もなく、若干の荷物と二十余人の便乗の客を乗せて、碇《いかり》を揚げようとする時分に、端舟《はしけ》の船頭が二人の客を乗せて、大
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