狭くするというほどではありません。
 六枚折りの古色を帯びた金屏風が立てめぐらされたその外《はず》れから、夜具の裾《すそ》が見えるところは、多分、尋ねる人はそこに眠っているのだろうと思われるのであります。
 そこで、お角はまた遠慮をしいしい、畳を踏んで六枚折りの中を覗きました。なるほど、そこに夜具蒲団《やぐふとん》は敷かれてあり、枕もちゃんと置いてありましたけれど、主は藻脱《もぬ》けのからであります。
「おや、どこへお出かけになったのでしょう」
 お角はいぶかしそうに四辺《あたり》を見廻しました。それは朝起きたままで、床を敷きっぱなしにしておいたのではなく、どこかへ出かけて、帰りが遅くなる見込みから、こうして用心して出たものとしか思われません。
 お銀様はいったい、どこへ出て行ったのだろう、それがお角には疑問でした。この人は決して外へは出ない人であった。自分が知れる限りにおいては、この土蔵の中を天地として、あの盲《めし》いたる不思議な剣術の先生に侍《かし》ずいて、一歩もこの土蔵から出ることを好まない人であった。それがこのごろは、こうして夜へかけてまで外出して帰るというのは、いったい何の目的があって、どこへ行くのだろうと、以前を知るお角はそれが不思議でなりません。
 それで、四辺《あたり》を見廻していると、少し離れたところの机の上にも、その左右にも、夥《おびただ》しい書物が散乱しているのであります。この土蔵に蔵《しま》われた本箱の中から、ありたけの本を取り出して、お銀様が、それを片っぱしから読んでいるものとしか思われません。さすがに大家に育った人、お角なんぞから見ると、たった一人で牢屋住居のような中におりながら、別の天地があって、読書三昧《どくしょざんまい》に耽《ふけ》っていられることが羨ましいように思われます。
 お角は、机の傍へ寄って見ましたけれど、ドチラを見ても、四角な文字や、優しい文字、とてもお角の眼にも歯にも合わないものばかりです。気象の勝ったお角は、なんだか自分が当てつけられるように感じて、書物を二三冊、あちらこちらにひっくり返すと、ふと、思いがけない絵の本が一つ現われました。
 それは極彩色の絵の本で、さまざまの男や女が遊び戯れている、今様《いまよう》源氏の絵巻のようなものでありました。
 お角はそれを見ると莞爾《にっこ》と笑って、
「それごらん、お銀様
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