が、首っ玉へ風呂敷包を結び、素足に草鞋《わらじ》をはいて、手に杖を持っておりました。
「この野郎、御免で済むと思うか」
ようやく起き上った金助は、目を怒らして小男を睨《にら》みつけて、言葉を荒っぽくして叱りつけました。
「御免、おいらは草鞋の紐を結んでいたところなんだ、そこへお前が来て、よろよろとよろけたから、危ねえ! と思って左へよけたんだ、左へよけた途端にお前が前へのめったんだから、おいらに罪はねえようなものなんだが、それでも時と場合だから、おいらの方からあやまってやらあ」
こう言って竹の笠を傾《かた》げて、金助の面《かお》をジロリと見上げたのは、珍らしや宇治山田の米友でありました。しかしながら、金助は酔っていたせいかどうか、米友たることを知りません。だからその返答がグッと癪にさわったものと見え、
「おやおや、時と場合だから、貴様の方からあや[#「あや」に傍点]まってやるんだって? ばかにするな、このちんちくりん[#「ちんちくりん」に傍点]」
金助は打ってかかろうとして拳を固めると、宇治山田の米友は一足後へさがって、そのまるい眼をクルクルとさせ、
「時と場合だろうじゃねえか、おいらはこうして俯向《うつむ》いて、草鞋の紐を結んで、笠をこうやって前に被っているから、向うは見えねえんだ、お前の方は、笠もなにも被らねえで、前からやって来るんだから、本当なら、おいらが突き倒されてしまうところなんだ、それを、危ねえ! と思ったから左へよけて、おいらの身体は無事だったが、お前は、そのハズミを食って、おいらの代りに前へ倒れたんだ、まあ怪我をしなかったのが仕合せだあな、勘弁しろ、勘弁しろ」
こう言って感心にも宇治山田の米友は、相手にしないで行き過ぎようとします。これは米友としては出来過ぎですけれども、金助は血迷っていて、この米友の出来栄《できば》えを買ってやる余裕がありません。
「おいおい、待て待てこの野郎、背はちんちくりん[#「ちんちくりん」に傍点]だが、どこまで人を食った野郎だか知れねえ、いよいよ癪にさわる言い草だ、待て」
金助は米友の筒袖を引張って、引留めました。
「そんなに引張らなくってもいいや、逃げも隠れもしやしねえよ、何か言い草があるなら、うんとこさと言いねえな」
かかる場合に、決してわるびれる米友ではありません。
「言わなくってどうする、今の言い草をもう
前へ
次へ
全103ページ中67ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
中里 介山 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング