ていたが何とも言いません。遠慮して、芸を中止して、このお通りになるものをお通し申して、それから再び芸を始めるのかと思うと、そうでもありません。
「さあ、これから梯子抜けというのをやって見せる……」
「控えろ!」
 大名のお通りには頓着なく、米友が梯子抜けの芸当にとりかかろうとする時に、お供先の侍が、癇癪玉《かんしゃくだま》を破裂させたような声で、見物は、はっと胆《きも》をつぶしました。
 大名のお供先は、米友を中心として、見物の一かたまりが思うように崩れないのが、よほど癪に触ったと見え、物をも言わずにそれを蹴散らしたから、見物のあわて方は非常なものでありました。
 かわいそうに、そのあたりに夜店を出していたしるこ[#「しるこ」に傍点]屋は、このあおりを食って、煮立てていた汁と、焼きかけていた餅を載せた屋台を、ひっくり返されてしまいます。沸騰《たぎ》っているしるこ[#「しるこ」に傍点]の鍋は宙に飛んで、それが煙花《はなび》の落ちて来たように、亭主の頭から混乱した見物の頭上に落ちて来ましたから、それを被《かぶ》ったものは大火傷《おおやけど》をして、
「アッ」
と言いながら頭や顔を押えて、苦
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