と気合をかけると、高さが一丈二尺あって、桟《さん》が十段ある梯子の頂上まで、一息に上ってしまいました。見物が、
「アッ」
と言っている間に、そのいちばん上の桟へ打跨《うちまたが》って尻を下ろした米友は、巧みに調子を取りながら、眼を円くして見物を見下ろしました。
ここで後見《こうけん》がおれば、太夫さんのために面白おかしく芸当の前触れをして看客《かんきゃく》を嬉しがらせるだろうけれど、米友にはさっぱり後見が附いていません。太夫自身にも、見物を嬉しがらせるようなチャリ[#「チャリ」に傍点]が言えないから、ただ眼を円くして見下ろしているばかりです。
いちばん上の桟へ踏跨《ふみまたが》った米友は、そこで巧みに中心を取ってはいるが、それを下から見るとかなり危なかしいもので、大風に吹かれるように右へ左へゆらゆらと揺れます。
暫らく中心を取っていた米友は、
「エッ」
と二度目の気合で、両の手に今まで腰をかけていた桟の板をしっかりと握り、その上体を右へ捻《ひね》ると見れば、筋斗《もんどり》打ってその身体《からだ》は桟の上へ縦一文字に舞い上りました。
「アッ」
見物が舌を捲いている間、米友はその
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