恰好《かっこう》で梯子の中心を取りました。やはり惜しいと思われるのはせっかくのキッカケに、後見も入らなければ、三味線太鼓も鳴らないことであります。暫くその恰好をつづけた米友は、
「エッ」
と気合を抜くと、また元の形に逆戻りして桟の板に腰を下ろして、崩れかかる梯子の中心を、いいかげんのところあたりで、パッと食い止めて元へ戻して納まりました。
「アッ」
それで見物は手に汗を握る。取敢えずこれだけの前芸は、米友がエッと言えば、見物がアッというだけの景物《けいぶつ》でありました。やはり、軽口を叩く後見がこの辺へ入らなければ、太夫さんもやりにくかろうし、合《あい》の手《て》が間《ま》が抜けるだろうという心配は無用の心配で、米友は米友らしい一人芸で、客を唸《うな》らすことができるものと認められます。
「さあ、これから、そっちの方へ歩き出すよ、歩きながら、またちっとばかり芸当をして見せる、弘法大師は東山の大の字……」
自分で口上を述べました。今度は別段に気合をかけないで、桟をつかまえた手と、腰に力を入れるとその呼吸で、梯子は米友を乗せたまま、ヒョコヒョコと動き出して、取巻いた群集の近くへのり[#
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