えています。投げ銭を受けることは本来この男の本芸であるが、今はホンの前芸にやって見せた手際《てぎわ》、その鮮《あざや》かさが、見物の気に入ったものらしく、
「兄さん、怒っちゃいけねえ、それ、しっかり[#「しっかり」に傍点]頼むよ」
つづいてバラリと投げる銭の音。
「有難え……」
受笊《うけざる》をそっと動かすと、誂《あつら》えたように銭はその中へザラリと落ちます。
「こちらの方でも御用とおっしゃる」
またバラリと投げる銭の音。それからひきつづいて、前後左右から面白がってバラリバラリと投げる銭を、一つところにいて、片手では梯子を押えながら、右に左に手をのばし、前や後ろへ身を反《そら》して、受笊一つへザラリザラリと受け入れて、その一銭をも土地の上へ落すことではありません。
「うめえもんだな、あれだけで一人前の芸当だ」
面白がって投げる見物と、面白がって米友の銭受けを見てやんやと言っている見物。そのうちに米友は、
「もういい、このくらいありゃあ、もうたくさんだから投げるのをよしてくれ……」
銭受けの笊を下に置いた米友は、片手で押えていた梯子の両側を、両の手で持ち換えて、
「エッ」
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