来てくれたものの話には、神尾殿は茶屋から上って大籬《おおまがき》とやらに遊んでいるそうな。そこへ近づくには、自分も、やはり茶屋から案内を受けてその大籬とやらへ、上ってみねばならぬということじゃ。その時の用意は……二三十両の金を用意して行かぬと恥を掻くこともあるとやら。恥を掻くのは厭《いと》わぬとして、万一、それがために時機を失するようなことになっては残念」
「そうでございましたか。そうでございましょうとも。そういう場合ならば、充分の御用意をなすっていらっしゃらなければ、殿方のお面《かお》にかかるようなこともございましょう、よろしうございます、わたしから御老女様にお願い申しますから」
「それは堅くお断わり申す、事情はどうあろうとも、吉原へ行くために金を借りたということが後でわかると、御老女にも面目ない」
「兵馬さん、少しお待ち下さいませ、お手間は取らせませぬ、わたし、よいことを考えつきましたから」
 お松はこう言って兵馬を引留めておきながら、廊下をバタバタと駆け込んだところはお君の部屋でありました。
 お松はよいところへ気がつきました。お君の部屋へ飛んで行って手短かに、金の融通を頼むとお
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