かねばなりませぬ」
「まあ、吉原へ、あんなところへ、これから?」
と言ってお松も、さすがに呆《あき》れたけれど、兵馬の吉原へ行くという意味は、そんなわけのものでないことを知っています。そうしてともかくも、相当の大金を持って、あの里へ行こうというのには、何か重い用向きのあることを察しないわけにはゆきません。それを自分にうちあけられてみると、どうしてもお松として、兵馬が望むだけの金を拵《こしら》えてやらねば済まない心持になりました。
「どういうわけか存じませんが、あなた様が、今時分、あの里までお出かけにならなければならないのは、定めて大事の御用と存じます、お金のお入用も一層大事のことと思いますから、吉原というようなことや、あなた様のことなんぞは少しも知らないようにして、御老女様から融通を願って参ります、他からお借り申すのと違って、御老女様からお借り申す分には、恥にも外聞にもなりは致しませぬ」
「それが困るのじゃ、吉原へ用向きというのはほかではない、そなたの以前|仕《つか》えていた神尾主膳殿が、あすこにいるということを、たったいま知らせてくれた人がある」
「まあ、神尾の殿様が?」
「知らせて
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