外から叫びました。
「もし、お客様」
見舞に来るならば、もっと早く、まだ眠らない時分に来てくれたらよかりそうなものを、いくら食客《いそうろう》だからといって、今まで一人で抛《ほう》って置いて、ようやく眠りに就いたのを起しに来るとは、大人げないと思えば思えないでもありませんでした。
「あ、誰だ」
と、眠りかけていた竜之助は、その声で直ぐに呼び醒まされました。
「御用心なされませ、今夜はお危のうございます」
「危ないとは?」
「こんなに水が出て参りました、山水がドッと押し出すとお危のうございますから、本家の方へおいでなさいまし、お待ち申しておりまする」
「それは御苦労」
「どうか直ぐにおいで下さいまし」
と言い捨ててその者は行ってしまいました。よほどあわてていると見えて、家の外からこれだけの言葉をかけて、その返事もろくろく聞かないで取って返してしまいました。
竜之助はあえてその言葉に従って、本家の方へ避難をしようという気は起しませんでした。寧《むし》ろ起き直ってみることさえも億劫《おっくう》がって、せっかく破られた夢を再び結び直すのに長い暇を要することなく、村のあらゆる人々の恟々《きょ
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