した。
「化物屋敷なんて、そんなことがありますものか」
お角は、主膳の怪しい眼つきを見ながら、そのいやな言葉を打消します。
「拙者《わし》の住むところは、いつでも化物屋敷だ、躑躅ケ崎の古屋敷もかなり化物じみていた」
と言っている時に、不意に、裏手の車井戸がキリキリと鳴りました。その音を聞くと、神尾主膳が急に慄《ふる》え上りました。
「誰か井戸で水を汲んでるな」
「左様でございますね」
「水を汲んじゃいかんと言え」
「それでも、御前」
「いや、水を汲んじゃいかん、拙者はあの車井戸の音が大嫌いだ」
「おおかた、お嬢様が水を汲んでいらっしゃるのでございましょう」
お角も、車井戸で水を汲んでいる者があることを気がついていました。車井戸の音が嫌いだという神尾の心理状態を、怪しまないわけにはゆかないが、これも酒の上での我儘《わがまま》が出たものと思って、神尾の言うことを軽く受け流しています。
それにも拘《かかわ》らず、裏の車井戸はキリキリと鳴っています。キリキリと鳴ってはザーッと水をあける音がします。
「まだ水を汲んでいる奴がある、早く行って差止めてしまえ」
「水を汲んでは悪いのでございます
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