へえ」
閉《とざ》してある裏門の中から、御用聞の小僧が不意に呼び留められたものだから仰天して、
「あ、お化け……」
と言って立ち竦《すく》んでしまいました。
「明日から酒を持って来い、一升ずつ、上等のやつを」
「へえ、畏《かしこ》まりました、毎度有難うございます」
御用聞の小僧は丸くなって駈け出して、駒込七軒町の主人の店まで一散《いっさん》に逃げて来ました。
「大変……化物が酒を飲みたいってやがらあ」
唇の色まで変っていたから、番頭や朋輩《ほうばい》の小僧どもも、気味悪く思ったり、おかしく思ったりして、
「どうしたんだ、どうしたんだ」
「あの化物屋敷で、明日から一升ずつ、上等のお酒の御用を仰付《おおせつ》かりました」
「化物屋敷でお酒の御用?」
次に廻るべき小僧が再び確めに行った時に、ほぼその要領を得て帰りました。それは化物屋敷ではあるけれども、酒の御用を言いつけたは化物ではない。前に言いつけたことが確かであるように、再び念を押しに行った時も、確かに注文したに相違ないのであります。
しかも最初に御用を言いつけたのは、大風《おおふう》な侍の言いぶりであったのに、二度目に確めに行
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