業《いんごう》なやつでございますねえ」

         六

 その後暫くあって、染井の藤堂《とうどう》の屋敷と、染井稲荷《そめいいなり》との間にある旗本の屋敷の、久しく明いていたのに人の気配《けはい》がするようです。
「ああ、化物屋敷《ばけものやしき》に買い手がついたな」
 酒屋の御用聞の小僧なんぞが早くも気がつきました。
 地所が広く、家が大きく、そうして人の住みてのないところは化物屋敷になる。化物が出ても出なくても、化物屋敷であります。どうしても化物が出なければ、人間の口が寄って集《たか》って化物をこしらえてしまいます。
 先代の殿様が、醜男《ぶおとこ》であったにも拘らず、美しいお女中を口説《くど》いたところが、そのお女中には別に思う男があって靡《なび》かない、それで殿様が残念がって、あの土蔵の中で弄《なぶ》り殺《ごろ》しにしてしまったという、あんまり新しみのない筋書の化物が出されてから久しいこと。ようやくこのごろ、人の臭いがするようになったらしいが、土地柄だけに、それほどに新たに移って来た主人の好奇《ものずき》を注意してみようという者もありません。
「小僧、酒屋の小僧」

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