いますか、私は今はどこといって奉公をしているわけではねえのでございます、神尾の殿様のお出入りで、どうやらこうして気儘《きまま》に飲食《のみくい》ができて、ブラブラ遊んでいるのでございますよ、当分は、躑躅ケ崎のお下屋敷の片《かた》っ端《ぱし》をお借り申して、あすこに住んでいるのでございます」
「どうだ、その躑躅ケ崎の屋敷とやらへ、拙者を案内してくれないか」
「そりゃよろしうございますけれど、お前様はいったいどちらのお方で、何のためにそんなに神尾様のことをお聞きになるんでございます」
「そんなことは尋ねなくともよい、今晩は拙者をその躑躅ケ崎へ案内して、お前の寝るところへ泊めてもらいたい」
「そりゃ差支えはございませんがね、なんだか気味が悪いようでございますね」
 兵馬はこうして金助を嚇《おどか》しながら先に立てて、躑躅ケ崎の下屋敷へ案内させました。それから屋敷のうちを、やはり金助を嚇して案内をさせて調べてみたけれど、神尾の家来が数人詰めているだけで、別に主人らしい者もありとは見られず、また自分のめざしている人が隠れているらしくも思われませんでした。この上は詮《せん》ないことと思って兵馬は、
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