、これからどこへ行く」
「私でございますか、私はこれから少しばかり淋しいところへ行くのでございます、淋しいところと言ったからとて、別に幽霊やお化けの出るところではございません、古城《ふるじろ》の方へ参るのでございます、古城は、躑躅《つつじ》ケ崎《さき》は神尾主膳様のお下屋敷まで、これからお見舞に上ろうというんでございます」
「左様か」
 金助は言わでものことまで言ってしまいました。兵馬は計らず都合のよいことを聞いてしまいました。
「ねえ鈴木様の御次男様、昨夕《ゆうべ》の火事は、お驚きなすったでございましょうね」
 金助は同じようなことを繰返しました。
「驚いたとも」
「私も驚きましたよ、まさか、あすこへ、あれほど思い切って赤い風が吹こうとは思いませんからね」
「金助どの、あれは一体、放火《つけび》か、それともそそう火か」
「放火……いや御冗談をおっしゃっちゃいけません、この御城下の、しかも当時飛ぶ鳥を落すほどの神尾主膳様のお邸へ、どこの奴が放火をするもんですか、そそう火にきまってますよ、誰が何と言ったって、そそう火でございます、放火だなんという奴があったら、ここへ連れておいでなさいまし
前へ 次へ
全200ページ中33ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
中里 介山 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング