て、無惨にも二人ともに槍で突き殺してしまった。それがついにこの部落の者を怒らして、再三かけ合ったが埒《らち》があかず、ついに今夜は手詰めの談判をするために、こうして大挙してやって来たのであると。
 穢多非人の分際として、苟《いやし》くも士人の門前にかかる振舞をすることは、大抵ならば同情が寄せられないはずでありますけれども、見物の大部は、ややもすれば、
「あれでは、ここの殿様が無理だ、穢多が怒るのが道理だ」
というように聞えるのであります。聞いていた兵馬も、なるほどそう言えばそうだ、たかが犬一疋のために、二人の人間を殺すとは心なき仕業《しわざ》であると、ここでも神尾の乱暴を憎む心になりました。
 そのうちにバラバラと石が降りはじめました。メリメリと長屋塀の一部や、門の扉が打壊されはじめたようであります。
「始まったな――」
 固唾《かたず》を呑んでながめている見物の中にも、石を拾って投げはじめる者もあります。
 そのうちに、穢多《えた》どもがわーっと鬨《とき》の声を揚げて、いよいよ屋敷へ乗り込んだかと思うと、そうでなく、雪崩《なだれ》を打って逃げ出すと、その煽《あお》りを喰って見物が雪崩
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