違うのだから、ただで引括られても詰らねえじゃねえか、ちっとばかり手足をバタバタさせ、それから引括られた方がよかんべえ」
「その方がいい、そうしているうちには殿様が出て来て、長吉、長太を返しておくんなさらねえものでもあるめえ。さあ、みんな、一度に引括られてみようではねえか」
「こいつら、人外《にんがい》の分際で、武士に対して無礼を致すか」
 門の中から、数多《あまた》の侍足軽の連中が飛び出しました。
 その時代において、人間の部類から除外されていた種族の人に、四民のいちばん上へ立つように教えられていた武士たる者が、こんなにしてその門前で騒がれることは、あるまじきことであります。非常を過ぎた非常であります。兵馬はそれを見て、よくよくのことでなければならないと思いました。この部類の人々をかくまでに怒らせるに至った神尾の仕事に、たしかに、大きな乱暴があるものだと想像しないわけにはゆきません。
 見物のなかの噂によると、事実はこうだそうです。すなわち神尾主膳がこの部落のうちで皮剥《かわはぎ》の上手を二人雇うて、犬の皮を剥がせようとしたところが、やり損じて犬を逃がしてしまった。それを神尾主膳が怒っ
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