てみますと、お君ではなくて、あなた様にお目にかかることができました」
 ムク犬が洪水《おおみず》の中から救い出して来たという人、それが竜之助であったということがわかって狂喜したのは、やや話が進んだ後のことであります。

         四

 宇津木兵馬はどうしても、神尾主膳が机竜之助を隠しているとしか思われません。
 神尾の屋敷は種々雑多な人が集まるそうだから、そのなかに机竜之助も隠れているに相違ないと信じていました。
 けれども、甲府における兵馬は、破牢の人であります。罪のあるとないとに拘らず、うかとはその町の中へ足の踏み込めない人になっているから、長禅寺を足がかりにして、僧の姿をして夜な夜な神尾の本邸と別宅との両方に心を配って、つけ覘《ねら》っていました。
 まず見つけ次第に神尾主膳を取って押えて、直接《じか》に詰問してみよう、神尾を討って捨てても構わないと思いました。彼、神尾は、自分にとって恩義のある駒井能登守を陥《おとしい》れた小人であって、敵の片割れと言えば言えないこともない。その非常手段を取ろうとまで覚悟をきめて様子をうかがうと、このごろ神尾は、病気になって寝ているとい
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