に、見慣れぬ三本|檣《マスト》の大船が横たわっていることであります。その当時の漁船や、番船や、また幕府の御用船なども、その大きな黒船の前では、巨人の周囲を取巻く小児のようにしか見えません。兵馬がその巨船に向って、しきりに驚異の眼を※[#「目+爭」、第3水準1−88−85]《みは》っているのを南条力は、莞爾《かんじ》として傍から申しました、
「あれは和蘭《オランダ》でフレガットと呼ぶ種類の軍艦だ、噸数《トンすう》は三千噸、馬力は四百馬力というところだろう、毛唐《けとう》はあれ以上の軍艦を何百も持っている、日本にはあれだけの船を見ることも珍しいのだ、残念なことだ、日本の船であれと競争するのは、大砲へ弓矢を以て向うのと同じことじゃ。大砲といえば、あのくらいの船で、あれに三十ドイムの施条砲《しじょうほう》が二十六門は載っているだろう、それに小口径のやつも十門以上はあるだろう。乗組か、左様、五百人は大丈夫だな。日本でも早くあのくらいの船で、この神奈川の海を埋めてみたいものじゃ。船と大砲のことを考えると、拙者はいつでも駒井甚三郎のことを思う。あの男を西洋へやって、充分に船と大砲の研究をさせておけば
前へ 次へ
全200ページ中197ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
中里 介山 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング