も気の早いデモ倉というのが堪り兼ねて、
「先生、あれでいいですか、長州征伐の兵隊たちは艱苦《かんく》のうちに、引くことも進むこともできねえで困っているのに、あんな泰平楽《たいへいらく》な旅立ちをしていいもんですか、ずいぶんふざけてるじゃございませんか、先生として、あれをあのままにしておけますか」
眼の色を変えて詰め寄せて来ました時に、道庵先生は泰然自若《たいぜんじじゃく》として盃を挙げ、
「まあ、打捨《うっちゃ》っておけ、万事はおれの腹にある」
腹の大きいところを指さしました。けれどもデモ倉には、先生の腹の大きいところを理解するだけの頭がありませんでした。
「先生、いやにすましてるねえ、お腹《なか》がどうかしたんですかい」
南条|力《つとむ》と五十嵐甲子雄《いがらしきねお》の二人は、上方《かみがた》の風雲を聞いて急に江戸を立つことになりました。宇津木兵馬はそれを送って神奈川まで行きました。
神奈川の宿《しゅく》の背後《うしろ》の小高い丘の上で三人は休みました。眼の前には神奈川の沖、横浜の港が展開されています。秋の空は高く晴れ渡っています。
兵馬の眼を驚かしたのは、眼の前の沖
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