寅次郎の二の舞だ」
と言ったまま多くを語らず、それをわからないなりで艪《ろ》を操《あやつ》っている若い男は、駒井甚三郎に盲目的に信従している者と見なければなりません。
やがてこのバッテーラが神奈川へ近くなると、闇の間にきらめく星のようなものがいくつも見え出しました。
「清吉、あれを見ろ」
甚三郎が指さすところに、三本マストの大船が、海を圧して浮んでいます。
世相はさまざまであります。一方には尊王攘夷が盛んであると共に、一方にはまた西洋を見なければならぬと悟る者も多くありました。駒井甚三郎はこうしてコッソリと抜け出したけれども、この年、幕府からは向山隼人正《むこうやまはやとのしょう》が正使として、田辺外国奉行支配組頭がこれに添い、別に徳川民部大輔《とくがわみんぶたいふ》は山高石見守《やまたかいわみのかみ》をお傅《もり》として、仏蘭西《フランス》の万国博覧会を視察に出かけるような世の中になりました。その随行としては杉浦愛蔵、保科《ほしな》俊太郎、渋沢篤太夫、高松凌雲、箕作《みづくり》貞一郎、山内元三郎らをはじめ、水戸、会津、唐津等から、それぞれの人材が出かけることになりました。
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