ているのだから、何人《なんぴと》もこの主従の異形《いぎょう》な夜行《よあるき》を見てあやしむものはありません。
 少しばかり歩き出した時に、悄々《しおしお》と歩いていたムク犬が後ろを見返りました。
「何をしているの、早く歩かなければ夜が明けてしまいます」
 お君は扱帯の端を強く引張りました。けれどもムク犬にはこたえませんでした。
「早くお歩きよ、夜が明けると少し都合が悪いことがあるんだから」
 それでもムク犬は動きませんでした。
「あれはお前、向う両国で、左へ曲ると駒止橋、真直ぐに行けば回向院、それを左へ曲ると一の橋、一の橋を渡らないで竪川通《たてかわどお》りを真直ぐに行くと相生町」
 お君はこんなことを繰返して、ぼんやりとこし方《かた》をながめながら立っていました。
「おや、誰か人が来るのだね、人が来るからお前はそれを待ってるのかい」
 この夜は真夜中過ぎとはいえ、月のない夜ではありませんでした。鎌よりは少し幅の広い月が、たしか愛宕《あたご》の山の上あたりに隠れていなければならない晩でありました。だから九十六間の両国橋の上に物の影があるとき、それが全く認められない程の晩ではありません
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